ゲレンデの広さが10000ヘクタール、79本のリフトと900基の人工降雪機という途方も無い広さです。
人工降雪機はほとんどこの縦型。
ここはオリンピックのダウンヒルコースなので、延々と赤い箱とパイプが連なってました。


リフト降り場です。リフト小屋は石造りのスレート屋根が多いです。

リフト降り場の大きい版です。

新しいリフトの小屋もやっぱり石造り。

大きいリフトの乗り場。
足下のマットが乗りやすいのです。
滑りすぎず、滑らなすぎず…



海外のスキー場と言えば、JバーやTバー!
マップでは、リフトと言えばこれらを指します。
日本の普通のリフトは「チェアリフト」というそうです。

これは山麓にある「Free Lift」のひとつ。
こういう無料で乗れるリフトと練習用のなだらかなコースが3か所ありました。

一人乗りのJバー!
慣れるまでが怖い!

二人乗りのTバーより、Jバーの方が楽でした。
バランスに慣れると便利。


ロープトウ!
こういうのを子どものうちから乗りこなした方が、スキーうまくなるのではないだろうかと思う。

リフトのソファが柔らかい!
大雪のときはどうなるんでしょ?
長い距離に乗るので、スキー置きがついているのがありがたいです。



ヴァルディゼール名物!山越えリフト!
山を登り、下るロングリフト!
眺望絶佳だけど、ジェットコースターの気分…



普通(でも6人乗り!)リフトと、Tバー乗り場が隣接。
Tバーはパークの横などにあって、ちょっとした移動にも便利そうです。


リフト降り場のオシャレなひとつ。
音楽をかけつつ、今日のお知らせを黒板に掲示。
ベンチがあって休憩したり…



だいぶ春なので、雪が無い山麓のリフトは、雪入れで忙しそう。


リフトバリエーション。
中間駅で搬器がひとつおきに分岐線へ移動!
革新的!だけど間違えて乗ると大変〜



リフトとピステ(圧雪)とオフピステ。

どこまでもつながっているコースと、無数のリフト。

新規にリフトをかける場所はもうあまり無いそうです。

堅い話が続いたので、食べ物特集、ゲレ食編

ゲレンデ内にはいくつもレストランがあります。
多いのは、ビュッフェ形式で、好きなものを取ってレジで支払う気軽なスタイル。


どこも広々としたオープンテラスと、落ち着いた室内席があります。
入り口を分けて、サーブするきちんとしたレストランがある場所も。



標高3032mの登山列車山頂駅でも、このパノラマテラス!


メニューは、いろどりサラダからステーキなどの肉料理や、パスタ、しっかりしたデザートなどいろいろ。
奥にキッチンがあって、出来立てを出してくれます。
ステーキなどは頼んでから焼いてくれることも。


お腹はすくけど、重いものは胃が疲れるので、ランチは日々軽めでした。
パンとスープがちょうど良いのです。

濃厚野菜スープにたっぷりチーズとパンで、食べ応えあります。
このガラスの入れ物がたまりません。


もちろんがっつりステーキにパスタに、デザートは欠かせない!という人や、のんびり飲む人も多いのですが。


カウンターにはスタッフの人が、ニコニコと待っていて、手際よく盛りつけしてくれます。
レトルトや冷凍という気配はなく、お店それぞれにメニューも違っていて、迷います。


デセールの国です。
甘いものが魅力的。

どこも木造のどっしりした建物で、山岳リゾートの雰囲気が色濃いです。



トイレまでオシャレです。



ここもトイレ。
地下なのに廊下がギャラリー。

ひとつひとつがいい感じなので圧倒されますが、だんだん自然になってきます。
たぶん、あえて近代的にせず、山岳っぽさを演出しているのでしょうが、お国柄もあってか見事ですね。
ちょっとバブルっぽい時代の場所もありますが、落ち着くのはやっぱりシンプルな感じ。





スキー場のはじまりは、1929年。
意外にも日本の初期スキー場より新しい。
というのも、スキーがある程度広まった後に、競技に良い場所を探して拓いたようです。

昔の写真1
(ホテルにあった昔のゴンドラ写真。ゲレンデそばのカフェには実物があった。オシャレ)

以下、サイトからの抜粋。
スキーリゾートとしての可能性を見いだされ、1932年Hotel de Parisが開設、1936年最初のリフトがソレーゼにかけられた。

1937年イタリアへつながるイズラン道路の建設も大きな要因となり、その後リフトやホテルなど大規模な設備投資が続き、
1938年スキーリフト会社STVI - Société des Téléphériques de Val d’Isereが設立された。

昔の写真2
(おなじくホテルの写真。教会は変わっていない)
夜の教会
(夜の教会、美しい)

第二次世界大戦後には、本格的に農村風景を残したスキーリゾートとして確立していった。
1960年代後半にはティーニュと連携し、二つのリゾートが結ば、1972年にはフォルネまでつながり、現在の規模が整う。

現在は、標高1850mから3456mに広がる、リフトによる走行可能距離300kmとさらに広大なオフピステにより世界でも有数の規模を誇るスキーリゾートとして、スキーヤーをひきつけている。

ティーニュのベース
4月でも人がいっぱい。


参加したのは、
プロスキーヤー佐々木常念さん&シャモニー在住プロガイド佐々木亜津美さんと行く
兄妹プロデュースのフランス・ヴァルディゼール・スキーツアー!

2014年4月19日(土)〜4月27日(日)
ヴァルディゼール滑走5日間とアヌシー観光半日という、みっちりスキーの旅。
常念さん夫妻と亜津美さんに参加者10名の楽しいツアーでした。

ティーニュからの眺望


ヴァルディゼールはフランスのイタリア国境近く、フレンチ・アルプスに位置するスキーリゾートで、アルベールビル・オリンピックのアルペン競技が開催された場所でもあります。
オリンピク
オリンピックコースのためにできたのであろうゴンドラ、Téléphérique de l'Olympique、立派です。

あまり日本での情報が多くないのは、アクセスが長いのため?
広大なゲレンデは、ティーニュとつながっているので、どこまでもスキー場。
氷河が二つあり、夏も営業している、本格かつ硬派なスキーリゾート。

日本からは成田発チューリッヒ経由ジュネーブ空港から180キロ。
車でスイスからフランスへ国境を越えて3時間ほどでヴァルディゼールへ。
午前便で成田を発って、到着したのは現地時間で夜の10時。
長野からは31時間の長旅でした。

帰りは、朝早くアヌシーを出て、ジュネーブ空港10時頃発、
同じくチューリッヒ経由で成田着朝の7時頃。
ほとんど寝ていたので、運ばれた感じ。

TGVの駅はブール・サン・モーリスで、そこからバス1時間あまり。
ヨーロッパ内からも、バカンスにはるばる来るという立地です。
ブールサンモーリス駅
駅、きれいです。終点駅のホームはいい。

フランスの最寄り空港はリヨン空港で220キロ。
東京〜長野間と思えば遠くないか?

スキーのために拓かれた街で、スキー場ができた90年前当時は、酪農中心の農村だったそう。
ということで、次回は歴史。

一面
広大な銀世界に圧雪の帯。帯だけ通っても果てしないけど、大部分の非圧雪も滑走可能。


ヴァルディゼールは、フランスのスキーリゾートです。
20141年4月に縁あって、スキーツアーに行ってきました。
solaise


海外スキー経験ゼロなので、最初は
「ヴァルディゼール???どこ?」
海外スキーと言えば、スイスかカナダ、オーストラリアは聞くけど…
という状態でした。

さて検索〜意外にも情報が少ない!
スキーツアーの概要か、数年前の記録がちょっとあるくらいです。
せっかく行ったので、今年の春シーズンの様子を少し。

オフィシャルサイト
基本情報は公式サイトで。

ゲレンデマップは、感覚がつかめないくらい広い感じ。
Ski Map

ヴァルディゼール(Val d'Isère イゼール渓谷)は、隣のティーニュと合わせて、エスパス・キリーと呼ばれる 世界有数のスキーリゾートです。

エスパス・キリーは「キリーの世界(場所)」
アルペン王者ジャン=クロード・キリーにちなみます。

ティーニュの方が大会などで聞いたことがありました。

1万ヘクタールの広さは、感覚としては志賀高原と草津とヤマボクをつなげた全域がスキー場という感じ。
154コース300キロの圧雪バーン、高低差標高1900mのゲレンデに79基のリフト、人工降雪機900機という規模。
圧雪コースを滑りきるのに1週間、オフピステは一生かかっても滑りきらない、と言われる。

山頂ゲレンデ板
4月でも極上の銀世界が待っていました!

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「人口減少社会において中山間地域の活性化には、移住交流の促進や里山暮らしの再発見が大事」といった視点に対し、そもそも山の方に住むってどういうことかなを体感する戸隠暮らしもなんと5年目となりました。
この暮らしの豊かさと、自然の美しさ、ちょっと不便が創意工夫を生むこと、先人の知恵と歴史の厚みなどなどを、日々の発見とともに記録していきたいと思います。
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