霊仙寺山〜戸隠かけぬけ道
2016/12/07
飯縄山系の支峰・霊仙寺山、雪降る前の山納めに。

奥に「戸隠かけぬけ道」と書かれた石塔が立っている。






二つの碑は少しずつ角度が違っていて、木花咲耶姫の方はたぶん富士山の方を向いている。




飯綱東高原の登山口は、霊仙寺(りょうせんじ)跡から。
鎌倉時代に「戸隠山宝光院の衆徒が霊仙寺に移住した」という記録があり、室町時代の石水鉢が残っていることから、かつての隆盛が偲ばれる。

長沼へ移転したという、五社権現を中心とする跡地の構造は、奥社や小菅神社、関山神社、室生寺などを連想させる。
いまは、石祠や石段だけが残る、静かな史跡。
「かつて高さ九丈(約27m)という大杉があって、ウロに熊が住みついたため、猟師が鉄砲で撃ったら、朽ち木に火が移って燃えて、株だけが残っている」という話があるが、どの株だろうか…
「道祖猿田彦命 霊仙寺山頂より飯綱山を経て戸隠山中社へかけぬけ道」
と書かれている。

修験者が尾根を登り、霊仙寺から飯縄山頂、戸隠へ駆けぬけていく風景を想い、道をたどる。

登山道は、黒姫山の東登山道に似た、カラマツから広葉樹になる笹の多い道。
幅は、ひと一人分くらい。夏は藪っぽそう。

森林限界に近くなると、飯縄山頂が望める。
近いようで、霊仙寺山頂からのコースタイムは50分ほど。
寄生火山の大きさを知る。

支峰のとりつきにある石碑
「奥山祇命」
土台の岩に、しっかりと支えられた大きな碑。

山頂下にある二つの碑。
岩の上によく残っている。
手前がおそらく「木花咲耶姫命」

ほぼ読めません。
奥は「正一位護王大神」

二つの碑は少しずつ角度が違っていて、木花咲耶姫の方はたぶん富士山の方を向いている。

ギリギリ見える富士山と浅間山。

山頂は「国常立命」
記紀の神々の名が記されている。
江戸時代かなと推定されるけど、あまりにも風化していて読み取れない。

山頂付近は広い台上で、四方の展望が素晴らしい。

飯縄山への分岐指導標…

黒姫と妙高の裾野が広がり、日本海へ抜けていく、ここならではの景色が美しかったです。
石碑は、実は10基ほどあったようですが、4つしかわからなかった…
文字の参照は昭和43年の『信濃町公民館報』より。
この当時も、すべては見つからなかったそうだけど、まだ文字がはっきりしている。

夏場はちょっと厳しそうだけど、よい山でした。